2012年9月1日土曜日

帰省の後

帰省の後の寂しさというのをいつも感じます。祭りの後の寂しさにも似た、しかしより多分にノスタルジーを含む寂しさは、帰省という言葉が現実に自分のものとなったこの5年間の、どの帰省でも感じるものでした。
祭りの後の寂しさというのは、そう時間を経ることなく、30分ほどの間に消えます。しかし、帰省の後の寂しさは、数日は続きます。長ければ、1週間ほどになる時もあります。

帰省した後、お会いした人一人ひとりのことを思い浮かべながら、お礼状を認めることが多いです。無論、礼を込めるものですが、そうでもしなければ、帰省の後の寂しさを紛らすことができないというのが、どこかに有ります。一筆とはいえ、「ありがとう」と書くことが、私と故郷とのつながりを見せてくれるからでしょうか。

お会いした人々のおかげで、多分当人たちは気づいていないだろうけど、無意識のうちだろうけど、救われていることはすごく多い。自分が一番安らぐ時を手にすることができる。その人々にありがとうと礼を言うのは当たり前の事だと思うんです。でも、その当たり前のことをやる中に、自分自身の寂しさを紛らすという、利己的な心がある。手紙を書きたいという欲望を紛らす、利己的な心がある。それが、帰省の後に書く手紙の一番の特徴です。でも、それはそれでいいのかな、って思ったりもします。

帰省の度に、友人たちに会える機会は少なくなっていく。生活の場所も所属する団体も自分の行きたい道も違うのだから、それは仕方がない事です。でも、それでも、私のことを心配してくれる人々、私に会ってくれる人々は、とても温かくて、涙が出るほどに嬉しいものです。

私、やっぱり故郷が大好きなんやな、って思いながら、手紙を認めます。帰省の後、自分の気持を抑え、友人たちにありがとうという、2つの目的のために。

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