2012年1月19日木曜日

内海隆一郎を読む 第2回 「欅通りの人びと」(2)

「欅通りの人びと」の続きを読んでいきます。

第5章:舞台は喫茶「ロンド」。この章には、後で重要となることの伏線が、いつもの風景の中に描かれています。いつもの風景からサッカーチームをめぐり、男の子の父親と警察の話に。一方で、ロンドの女店主は、また切ない気持ちだった…。
…男の子の父親の話を除けば、普段の生活を淡々と書いただけの、当たり前の日常の章です。それぞれの生活の中で、人は色々な思いをするということを自然を含めて書かれていると思います。

第6章:場面は急に別の家にかわります。ある家の、やはりいつもの風景、日常なのです。しかし、その家には悲しい過去がありました…。
…過去の話を含めて、これだけで一つの話になりそうな気がするところです。現代にありそうな、人とのつながりのほとんどない家。しかしながら、それでも人びとの日常は、とても温かいものです。悲しい過去を飛ばして、生きていく姿に心が温まります。

第7章:小田さんは健治くんがスパイクを欲しがっていることを見抜き、スパイクを買いに行こうといいます。一方で、ルミとキヨシは香川さんの家に仮住まい出来ることになります。幸せへの一歩が今踏み出されました。
…これぞ内海隆一郎の真骨頂!温かさの始まりです。この章を読んだだけで、ほっとため息が出ます。相手の気持ちを察して、その場その場で思いやりのある行動を取ること、至難の業だと思うのですが、内海さんの小説の人たちはあっさりとやってのけます。温かい、そして少し涙の出るような優しさのある日常です。そして同時に、自分が出会えない日常でもあります。

第8章:ロンドから見ると、小田さんの自転車店を見ている不審な男が現れます。前にも出てきた父親です。サッカーをしている男の子を傍目に、小田さんはさみしい生活を送ってきた一人の人として、父親に自首を勧めながら、健治くんを育てたいということを表明します。一方で石山さんのサッカーの指導方針に陰りが見え始めます。
…この作品で最も嫌な存在である「奥様方」が登場します。何処にでも居そうな人が嫌に思えるというのは、この作品が優しさと温かさから成り立っているからでしょうか。一方で、小田さんは本当のおじいさんのように、温かく健治くんを迎え入れようとします。ここを読んだ時、思わず「健治くん、よかったね」と声に出してしまいました。冷たさの隣にある温かさが、なおさら温かく感じられます。

第9章:内海さんの作品を象徴する存在である、欅が出てきます。欅の温かさの中に出てくる触れ合いは、欅の出す酸素のように優しく、少しづつ進展していく物語も少しづつ温まって行きます。そんな中、サッカーチームの監督は、囚われたくもない過去の話を蒸し返され始めてしまうのです。
…柵を捨てて今があるとしても、それを蒸し返されて、人は厭な思いをすることが多くあると思います。それを上手く書いている章です。自分自身も柵があって上手く行かないことは多いですが、蒸し返されたとすれば、当人の傷付きはいかばかりでしょうか。布団の中にほんの少し刺があるような、少し異質な「嫌な話」がアクセントとして効いている章だと思います。

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